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『三本の矢』〈上〉〈下〉 [書籍:『』「」付記]

三本の矢〈上〉

三本の矢〈上〉

  • 作者: 榊 東行
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1998/04
  • メディア: 単行本

三本の矢〈下〉

三本の矢〈下〉

  • 作者: 榊 東行
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1998/04
  • メディア: 単行本

昔買った本を再び読み返して見ました。日本経済がとても悪いときに書かれた本です。この本を読むきっかけは、大学に入学したとき、学部の入学式のときに城山三郎『官僚たちの夏』(そのうち書評を書きたいです)とともに薦められたことだったと思います。そのときはふーん程度で聞き逃してたのですが、3年生くらいにふと買って初めて読みました。

物語の主人公の紀村隆之は大蔵省(現財務省)銀行局の課長補佐、ということで、主人公が官僚というなかなか異色の作品です。作者もたしか官僚だと聞いたことがあります。

時は1990年代後半、大蔵省では大蔵省本流、東大法学部がその多く占める主計局を中心とする二階組と、経済学部出身者が多く、アメリカで学んだ経済学理論を政策決定過程に組み入れようとする銀行局中心の四階組が激しい主導権争いを行っていた頃です(ちなみに現在銀行局は金融庁として財務省と切り離されています。)

物語の発端は蔵相瑞田が動銀の経営危機を肯定してしまうという失言を行ったことに始まります。これにより金融市場、国民、そして日本中が大混乱に。しかし、これは単なる失言ではなく、大臣の答弁書が第三者により巧妙に刷りかえられたことによる、仕組まれたものであった。

大臣の失言からどんどん物事が進行するなかで、主人公の紀村(派閥争いを避けている中間派的存在)は一人、大蔵省の内部の人間が関わっているであろう、大臣答弁差換え犯を探すという、「特命」を与えられることになります。そして犯人を捜査するうちに、事件の全容、様々なアクターの動きを捉えていくことになります。

以上が話の概要です。犯人を捜す上での紀村のテーマは「動機」と「物証」です。

特に「動機」との関連では、犯人の意図が問題となりますが、答弁差換えによる犯人の意図をつかむ為に、紀村が犯人を捜すという過程の中で、政治学、経済学、社会学などの基礎的な知識、そしてこれら諸学問の交錯する部分における問題についてふんだんに散りばめられています。

これらの諸学問を用いて現状の把握、そして来たるべき結果について予想しながら紀村は犯人に近づいていきます。

本書は同時に小説の事実を用いながら現在の日本の抱える問題を指摘しています。

天下国家を考えることなく、省、局、課、そして自己利益を図ろうとする官僚達。経済の理論も考えることなく、現状の維持を図ろうとしかしない、東大法学部出身の大蔵官僚。

こうした官僚の実像について筆者は批判的観点ではありますが、かなりリアルに描いているのではないかと思います。また、大臣の答弁作成過程など官僚が実際に行っている業務についてもリアルに書かれているのも本書の作者が官僚であることから来るものでしょう。

しかし同時に官僚の可能性、そして啓発をも本書は意図しているように思いました。本書最後の部分になりますが、

「・・・官僚は信念・理念を持って理想論について考えることのできる、数少ない恵まれた職業です。学者と違って実行力もある。しかし、最近は、そういう恵まれた立場にいることを忘れて、私利私欲の追求に走るおろかな官僚が増えています・・・」

という件があるわけですが、これは筆者の現在の官僚への問題意識とともに、官僚に対する期待を表しているのではないかと思います。

また、官僚だけではなく、次の選挙が最大の関心事項である政治家、および利益団体についても的確な描写があるように思いました。

 

本書は単なる官僚の実態や、政治学・経済学の紹介本に留まるものではないと思います。ミステリー、推理モノとしてもかなり読み応えがあるように思います。現実が緊迫する中で、紀村は情報収集し、物証・動機が不明確なまま、犯人の推理を試みます。そのような緊迫した状況の中行われる推理モノとしてもその辺のよく分からない「ミステリー」を謳うものよりも出来がいいもののように思いました。

実際、二転三転し、読み手を引き込みはらはらさせる展開を読ませ、かつ2冊の文章量でありながら冗長に感じさせない(むしろ僕の場合かなり引き込まれて土日の休み中ずっと読んでしまいました)実力は相当のように思いまます。(物語についてはこれ以上踏み込むと読む人の興がそがれてしまうのでここで留めておきます。)

あと、作中に出てくる人物も個性的でそれぞれ魅力的です。尊大な感じで国民を馬鹿にした感じを隠さない紀村、その下でこき使われている新人官僚の安田、理想化肌でアメリカで経済学を学んだ脇井、脇井のかつての恋人で国会議員の政策秘書をしている聡美、未来研究所で働く諸学問を収め、紀村をして変人と言わしめる、紀村の相談者となる佐室。どの人物も結構引き立てられており、小説としても申し分ありません。

 

官僚論についてと合わせて、あるいはそれ以上に本書の最大のテーマとなっているのは政・官・財が複雑に密着し、日本が良いときだけではなく、悪いときでさえもその変革を阻む、日本の政治システムです。この政官財の相互利益システムのことを『鉄の三角形』というのですが、毛利元就の「三本の矢」のようにこのシステムはそれぞれが相互補完し、なかなか折れない強固なものとなっています。

この「三本の矢」は、官僚・政治家そして様々な人々の理想を阻み、失望させて行きます。そして彼らの利益のために国民の利益が阻害されていくことになる、本書にはこのシステムについての問題意識が随所に表れてきます

「敗けたな」・・・

「・・・でも」・・・「私達はいったい、誰に負けたのかしら。・・・さんも・・・さんも・・・誰もこの戦いに勝ってなんかいやしない」

「―日本だよ」・・・「日本というシステム敗けたんだ」

「日本…」

「そうだ。日本、あるいは三本の矢だ。」

 

物語終盤のこのシーンは、これまでの展開と合わせて感慨無く読むことは出来ませんでした。

 

ついでに述べるのであれば、このシステムそのものだけではなく、このシステムによって不利益をこうむるはずの国民についても、民主主義制度の中、何故「三本の矢」が打ち崩せないのか、ということを説明する中で問題を提起しています。少数の利益団体が多数派であるはずの国民よりも何故優遇されるのか?「争点の束」「合理的無知」など政治学の必須知識が色々出てきて具体的に例示されているように思います。

ただ、この点については筆者はあまり国民には期待していないような感じを受けました。はっきりとは読み取れないですがエリート、とくに官僚への期待を感じさせる結末であったように思います。その正否の判断は読み手それぞれでしょうが。

このように独善性のある部分も否定しきれませんが、読み手を引きこむ力のある小説だと思います。

 

『外交官の仕事』に引き続きの官僚(?)本ですが、官僚を批判するにしろ、官僚になりたいにせよ、官僚の実態とともに、問題意識を養うという意味で、やはりお勧めの一冊です。


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