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『戦争広告代理店-情報操作とボスニア紛争』 [書籍:『』「」付記]

ドキュメント 戦争広告代理店

ドキュメント 戦争広告代理店

  • 作者: 高木 徹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2005/06/15
  • メディア: 文庫

ちょっと前にユーゴ紛争を調べていたときに俎上にあがった本で、読みたいと思っていた本です。紀伊国屋で文庫本を見つけたので買いました。

これは是非日本人の人には読んだほしいなあ、と思いました。

 ユーゴ紛争については日本だと事の顛末を詳しく知っている人というのは少なくて、なんとなくバルカン半島のあたりで紛争が行ったということを知っている程度なのかもしれません(知られているだけましですが)。しかし、欧米ではこの紛争は多くの人々が知っていて、関心を持っている紛争なのです。

世界各地で多くの紛争が起こっているのに、何故この紛争だけがそんなに注目されたのか?この地域がヨーロッパであったということもありますが、ボスニア等紛争当事者の、そして彼らが雇ったアメリカPR会社のPR戦術が成功したからである、ということを本書では指摘しています。

本書ではユーゴ紛争のうち最も凄惨な戦いが行われたボスニアでの戦いに焦点を当てています。ボスニアはムスリム人が一番の多数派ですが過半数には達せず、セルビア人、クロアチア人も多数いるモザイク国家でした。このうちムスリム人を中心にユーゴ連邦からの独立を計画します。しかし、国内で少数派になってしまうセルビア人はこれに不満ですし、隣国の強国セルビアは彼らを支援することは明白であり、戦争は必至の状況でした。

そこでボスニア政府はこの戦いに勝利をするために国際的な支持、特に米国の支持をボスニア側に持ってくるために、あらゆる活動を行うことを決定します。そのなかで大きな役割を果たすことになるのがボスニアの外務大臣ジライジッチがアメリカ訪問中にであった、米国のPR会社の国際紛争部門におけるエキスパートであるジム・ハーフでした。

PRとはpublic relationの略のことです。日本では広告とかCM等のことと思われてる節があるかもしれませんが、PRとはそのような広告代理店のような仕事だけなく、ありとあらゆる手段を用いて顧客の望む世論を作り上げることを行います(従って、本書のタイトルは正確ではありません、筆者が日本の読者の関心を引くためにあえて使っている表現です。確かに戦争PR会社よりは手にとってもらえそうです)。その活動にはメディアだけでなく、政界・官界に直接働きかける、または、圧力団体に働きかける、ということがあります。

 ジム・ハーフ、そして彼に振り付けされメディアで世論に訴える外相ジライジッチはボスニア紛争の悲惨な実態の裏で、情報・PR戦という戦いを行っていきます。特筆すべきはその具体的な方法です。とても良く取材が行われているためだと思います。その手法は見事だといわざるを得ません。兎に角ありとあらゆる手段を用いているので逐一紹介しきれませんが、ボスニアというヨーロッパの裏庭で起こっている出来事が欧米(特に米国。日本はどうでもいいので無視です)でわずかな期間に注目されていきます。

メディアで、そして世論に強く訴えるには分かりやすさ、インパクトが必要です。本来より複雑なはずのボスニア紛争に、セルビア=悪者、ムスリム人=被害者、という構図を仕立てていきます。日本でも聴いたことのある人は結構多いと思いますが(気のせいか?)、「民族浄化」、「強制収用所」、「多民族国家」、それまでも使われることはありましたが、こうした言葉を意図的にメディアで定着させたのはジム・ハーフ達です。

一方的に悪者にされることに対してセルビア側も黙っていません。首相にセルビア系アメリカ人を立てて、対抗しようとします。しかし、国際世論が自分達に極めて悪いように働いている、と感じて対策を立てたときにはもう遅かったのでしょう、PR会社には相手にしてもらえず、結局自分達PR活動を行います。しかし、PR会社・プロとアマチュアとの差は明らか、国際世論を巡る戦いに完敗をしてしまい、最後には国連の議席すら奪われてしまいます。また、自分達に不利なことを発言する人間をときに政治的に抹殺するということまでも行っています。

 

この本を読んだ最初の感想は、現代における情報・PR戦争という実弾を伴わない「虚構」の戦争の重要さ、凄まじさです。現在ボスニアは多少の混乱、そして不安定を抱えていますが、国連から多くの支援物資を受け、かつて銃弾の飛び交っていたサラエボの青空市場には多くの物資が流れ活気を賑わせています。一方、一方的な悪者にされたセルビアの首都ベオグラードは空爆で受けた損害も十分に回復できず、国際社会からの援助も十分ではありません。僕もこの紛争を研究したことがあるので分かりますが、実態を見るならばこの紛争は言われているような一方的な紛争ではありません。しかし、セルビアはPRという虚構の戦争で完全敗北を喫した、そしてこのことが現状につながっているのです。

筆者を述べていることですが、だからといってPR会社の存在を批判することは無益であると思います。彼らは現実に存在するわけですし、実際に虚構の戦いは存在するのです。如何なる評価をすることなく、その事実を認めなければなりません。

この本はこうしたPR戦争の実態をそういうものの存在を良く知らない日本人のためにかかれています。そしてこれを読んで日本の現状を見るに、あらゆる部分でこのPR能力の欠如、というのを感じずに入られません。

「マスコミが自分の主張を正しく報道しない」などということが政治家から良く主張されますが、そんな報道をさせる自分達側に責任を感じるべきでしょうし、むしろ自分達が望む世論の形成のために努力をするべきなのだと思います。なぜならマスコミをそのように批判しても、彼らはそういうものなのですから(僕もマスコミのレベルが日本は低すぎるんじゃないかなー、という気もしますが、それはともかく彼らの存在は否定は出来ませんから)。 

 「真実は必ずそのうち理解されるはずだ」ということを考えている人も多いと思います。例えば、日本のODAとか、また、靖国参拝問題とかがその例だと思います。そういう方に最もこの本を読んでほしいと思います。この本見た後だとその考えは甘すぎるを言わざるを得ません。そのような可憐な乙女の祈りみたいなおためごかしが通用することは殆どないのです。作中、ボスニアのことわざが紹介れていましたが、「泣かない赤ん坊はミルクをもらえない」のです。論外です。だからいつまでたっても、国際的には日本の行動は広く理解されないのです。日本人は自分から何かをアピールすることをあまりしませんが、じっくり話せば分かってもらえるを信じている人が多いように思いますが、セルビアの大統領ミロシェビッチもPRを好む人間ではありませんでした。かれも、「真実は必ずそのうち理解されるはずだ」と思っていたのです。しかし、結果は彼の思ったようにはなりませんでした。

今はまだ日本は世界第二位の経済大国ですので、いいのかもしれません。しかし、これから人口減少を控え、世界における経済的比重を低めていくこれからの日本にとって、この問題は重要な課題であると思うのです。

と、気付いたら本の紹介のあとで日本ネタがかなり入ってます。僕って意外と憂国の士なのかなぁ。


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