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『落日燃ゆ』城山三郎 [書籍:『』「」付記]

落日燃ゆ

落日燃ゆ

  • 作者: 城山 三郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2002/03
  • メディア: 単行本

男子の本懐』と同様、城山三郎による歴史文学です。以前『男子の本懐』を紹介したときに少し触れましたが、ちゃんと全部読みきったのは初めてです。

本作は東京裁判で唯一文官でありながらA級戦犯として絞首刑に処せられた、元首相・外務大臣、広田弘毅を主人公にして彼の生涯を追うものとなっています。

広田は戦後首相となる吉田茂と同期の人間ですが、性格は温厚、「自らは計ることはしない」ことを信条にし、あるものを受け入れる性格でした。左遷されたりしても不満を言うことなく、それを受け入れる、しかし、それでふてくされることなく常に情勢に備えるために勉強をしておく、そんな外務官僚生活を送っていました。温厚な分、敵も少なく、また、時の感情に流されることなくものを考えることが出来る性格は当時の良識的な考えを持つ人の間で評価を高めていきます。

そして広田は激動の1930代には外相・首相に就任します。派手なことしませんが粘り強い、堅実な協和外交を目指して活動しますが。ことごとく軍部の介入により、彼の外交はつぶされてしまいます。そして自ら作成に関わった「国策の基準」、または外相時代に近衛首相が発した近衛声明は彼の当時の意図とは逆に軍国主義に寄与していると解釈されて東京裁判で問題にされてします。

また、外相時代における南京事件の発生について明治憲法下の外相の権限ではとめることが出来なかったことについても止めるための措置を講じなかったと不作為責任を問われてしまうことになります。

実際に戦後、彼は戦犯として東京裁判を受けることになります。ここでも彼は「自ら計らう」ことをせず、「物来順応」の精神で、他の戦犯と異なり、「容疑の事実について内閣の一員として了承したのだから責任がないとはいえない」と、また「自己の弁護をすれば他のものに迷惑がかかる」として、一切の言い訳もせずに裁判を受け入れていきます。淡々と日々を拘置所で過ごし、最後、吉田茂が首相として全盛時代を迎える選挙に踏み切ったときに処刑されるのです。

 

ある程度脚色が入っていると思って読むべきなんでしょうが、城山さんの描く主人公は人の心を打ちますね。さきにも書いたように広田自身寡黙な性格のためにあまり語らず、物語も静かに比較的静かに進んでいくのですが、かえって広田の人生観、信念といったものを明確に伝えているように思います。特に東京裁判のときの悟りを思わせる広田の悲壮感を覗わせない静かさはそれ自体なにかこみ上げさせるものを持っているように思います。

広田が、特に晩年、最も大切にしたのが家族の絆です。裁判中、その他一切のことには感情を出さない広田も家族との面会、手紙では喜びを表しています。広田の家族のまた広田との絆をとても大事にします。広田の子供たちは面会だけでなく裁判にも毎回行き、広田と同じ空間にいる時間を大切にします。そして夫人の静子は死を受け入れた夫に迷惑をかけぬよう先に自殺します。現代の価値観とはそぐわないのでしょうがそうした家族の絆は、広田が裁判を受けているという状況であるからこそ際立っていました。

本の最後には広田が家族にあてた手紙がありますが、死刑が確定した後でさへ、日常の他愛のないことを書き、家族が面会に来たことをうれしいと書き、悲しいとかそういった負の感情を表現することなく、最後に「シズコドノ」と死んだ夫人の名前を宛名に添える、手紙は読むものに得も言われぬ感情を与えてきます。

 

広田はかつて自らの協調外交を崩壊させた人物とともに死刑にされ死にます。広田は崩壊へと進む時代の犠牲になり、かつそれを受け入れて死んだのでしょうね。そんな感じがします。

そんな広田の台詞のなかでいいのと思ったものを一例挙げると。

「自分は生まれるのが50年早すぎた」

「少なくとも私が今日の信念を持って申せば、私の在任中には戦争は断じてないことを確信しているものである」

「この裁判で文官が殺されねばならぬとするなら、ぼくがその役をになわねばなるまいね」

「何もありません。ただ自然に死んで…」

「日本のどこかに、静かに世界の動きを見る人がいなければなりませんね。この忙しい時代に一々世界の動きなど考えている人はないから」

「今マンザイをやってたんでしょう」(他の死刑囚が万歳を叫んで絞首台に行くのを痛烈に皮肉って)

 

冒頭にはA級戦犯7人が葬儀されるシーンが記されています。しかし、広田の遺族は建立式に参加することはありませんでした。骨も受け取りませんでした。他の6人の軍人と同じくして扱われたくない、そんな「背広の男」、広田と家族の思いが表された名シーンです。

 

 

小泉さんは『男子の本懐』が好きらしいですが、民主党の前原さんは『落日燃ゆ』が好きみたいです。テレビで、尊敬する政治家はと聞かれ、とっさに「広田弘毅」と答えてました。この本を読んだものとして気持ちは分からなくはないですが、政治家としてはもう少し発言に気をつけたほうがいいですね。一応、A級戦犯ですから。テレビ局側もあまりに意外な答えに対処できず、流してました。


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