So-net無料ブログ作成
軍縮・不拡散問題入門 ブログトップ

第八章 通常兵器の規制と禁止 [軍縮・不拡散問題入門]

あと二つありますが、宇宙とかなんで、これで『軍縮問題入門』の紹介は終了しようかと思います。気が向いたら宇宙とか南極における軍縮もやりたいです。


軍縮問題入門

軍縮問題入門

  • 作者: 黒沢 満
  • 出版社/メーカー: 東信堂
  • 発売日: 2005/10
  • メディア: 単行本

第八章 通常兵器の規制と禁止

第一節 欧州通常戦力CFE条約

1990に成立したCFE条約はNATOとワルシャワ条約機構という二つの軍事同盟の中、通常戦力をより低いレベルにで均衡させるために成立した画期的な条約である。

冷戦中、欧州で東西両陣営が課題としたのは、いかにして意図しない戦争を勃発させないかということであった。このなかで通常戦力の軍備管理が核軍縮と並んで重要視された。

1970sに入り、内政不干渉と国境線の現状承認を前提とした欧州安全保障強力会議CSCEの開催と、相互均衡兵力削減MBFR交渉と呼ばれる兵力削減交渉の開始が東西間で合意される。

CFE条約は欧州全ての国家が参加するCSCEにおいて、1990年に成立し、NATOとワルシャワ条約機構の全ての当事国が参加する枠組みが実現したのである。

CFE条約概要。適用範囲は大西洋からウラル以西であり、ロシアについてはウラル以西の領域だけ適用される。

①締約国グループごとの兵器保有数の制限。同時に一国が保有できる数量の制限し、一国が突出しないようにする。

②保有兵器の配備制限。特に中欧に兵力が集中しないよう配慮

③削減方法の制限と方法。削減、廃棄に関わる負担軽減のために民生転換の例外あり。詳細な査察あり(現地査察、抜き打ち査察等)

CFE-1A合意。CFE参加国は1992年7月に兵員数規制のための政治的取り決めを行っている。

CFE条約適合合意。ソ連が崩壊し、NATOの東方拡大が現実になったことでCFE条約の前提が崩れた。また、ロシアはチェチェン紛争など民族問題を抱えており、枠組みの修正を要求した。

1999年11月、CFE条約適合合意が成立する。本合意は兵器の上限を軍事同盟ごとから個別国家ごとに改定。保有上限の総数が約9000個ほど下方修正された。外国軍駐留については当該国の合意が必要であることを明記している。

NATO新加盟国であるハンガリー・チェコ・ポーランドは平時に外国軍を入れないことが合意された。ロシアに対しては兵力配備制限を上方修正して、ロシアに対して配慮が行われている。

しかし、合意の内容に反してロシアがグルジア・モルドバなどに軍隊を駐留させていることから多くのNATO諸国は批准を行わず、未発行である。

CFE条約とCFE-1A合意の履行状況は概ね良好であり、各国の信頼醸成も進んでいるをみなして良い。こうした枠組みの中、各国は通常兵器配備について情報交換を行い、通常兵器に関する透明性を向上している。

今後はロシアによる駐留問題やNATOによるバルト三国支援問題なども解決しながら条約適合合意が批准されるのが望まれる。

 

第二節 国連軍備登録制度

国連軍備登録制度は湾岸危機および戦争の教訓から始まっている。イラクが90年までにソ連、フランス、中国等から集中的に購入していた武器が、クウェート侵攻に用いられたからである。

1991年、日本とEUが共同して「軍備の透明性」決議が国連総会に提出され、全会一致で成立している。この決議では不安定かつ急激な軍備の蓄積に対する懸念を中心課題としている。

概要。制度の目的は兵器の国際移転を国連に報告することにより、通常兵器移転の透明性を高め、かつ、急激なな軍備移転にたいして国際社会が早期警戒できるようにすることである。

国連が指定するカテゴリーは①戦車、②装甲戦闘車両、③大口径火口システム、④戦闘用航空機、⑤攻撃ヘリコプター、⑥軍用戦艦、⑦ミサイル・同発射装置である。これはCFE条約に準拠したものである。

1992年制度発足と同時に政府専門家会議が招集され登録に関する技術的手続きが検討されている。そしてこの勧告を受け、総会は兵器移転を国連事務局に登録することを決定した。

2000年政府専門家会議では、懸案であった、大量破壊兵器に関連する兵器の登録問題について勧告し、2003年には携帯型防空システムMANPADの「ミサイルおよび発射基」カテゴリーに追加するなどを検討している。

軍備登録制度は今日まで13年分の実績を有志、主要国を含め100国以上が報告している。

同制度の課題として、登録範囲の拡大、登録対象兵器のカテゴリーの追加、地域軍備登録制度、通常兵器の移転規制があるが、それぞれこれまでそれなりの進展が見られる。今後さらなる改善とともに、同制度が国際社会の平和と安定にどれほど貢献したか、ということをアピールし、同制度の異議を高めることも重要である。

 

第三節 対人地雷禁止条約

ICRCによれば1990s初頭、世界77国に1億3000万個の対人地雷がうめられ、年間24000人が被害にあっている。また対人地雷の種類も極めて多く存在している。

対人地雷を制限する条約には、特定通常兵器使用禁止制限条約CCWの第二付属議定書がある。83年に発効した同議定書は対人地雷が無差別に民間人に使われることを禁止している。しかし、同議定書は、

①対象が国際武力紛争のみで内戦が含まれていない、②プラスチック製地雷など捜索困難な地雷は対象に含まれていない、③地雷の譲渡や移転に関する規定がない、④条約の監視手段がない、などの不備が存在していた。

90年代に入り、NGOやUNICEFなどの国際組織が中心に対人地雷の全面禁止を訴え、現状を打破しようとする動きが世界に広がった。このため同議定書は改正交渉が行われ、一部改正が実現したが、NGOおよび一部政府からは新たな条約を作成する動きが見られた。

オタワプロセス。1992年欧米のNGOが中心となって「地雷禁止国際キャンペーンICBL」が立ち上げられた。これにカナダなど一部国家が積極的に協力した。1996年にカナダでオタワ会議が開催される。1997年12月3日オタワで条約の署名が行われる機関がオタワ・プロセスと呼ばれるようになった。

オタワ条約の要点としては、

①地雷の使用、貯蔵、製造、および移譲を如何なる場合にも全面的に禁止する、

②貯蔵されている対人地雷については、自国が条約に加盟してから4年以内に廃棄することが義務付けられた、

③条約履行のために可能な範囲内で国際協力および援助を行うことが決定される。

 

オタワ条約の締約国会議に合わせてICBLが発行している『ランドマイン・モニターレポート2004』によると、

①条約発効時、地雷使用国は15あったのに対し、4に減少したこと、

②50近かった地雷生産国は15になったこと、

③加盟後4年以内に廃棄がすることになっている貯蔵地雷は65国が廃棄作業を完了したこと、

④400万近い対人地雷、100万近い対車両地雷が除去され、1100万平方キロに及ぶ面積が安全な土地に戻った、

⑤かつては年間24000人ほどいた被害者も15000人から20000人ほどに減少した

⑥政府や国際機関による援助は13億5000万ドルに達した。

ことを報告している。

今後は未だ条約に入っていない米露中などの未加盟国をどのように参加させるのか、そして地雷を生産し続ける非国家主体NSAをどのように説得するのか、と言うことが課題になってくる。オタワ条約の普遍化を目指しての課題はまだまだ多い。

 

第四節 小型武器の規制

国連によれば90年代に発生した主要な紛争49のうち47の紛争で小型武器が最も主要な手段として用いられている。小型武器の規制はこれまで軍縮の対象となってこなかったが、その理由は、国家間戦争の主要兵器でなかったこと、小型武器は紛争の原因というより、むしろその所有は市民の自己防衛のための権利であるを考えられてきたためである。

しかし、90年代に頻発した地域紛争、宗教紛争において、小型武器が紛争を長期化させ、助長する事例が報告されるようになって国連を中心としてその対応が考えられるようになった。

小型武器問題はガリ前国連事務総長が『平和への課題:追補』と題する報告書で「ミクロ軍縮」を強調したことを契機として、国際社会での争点と発展した。この問題について日本の果たした役割は大きい。

1995年の小型武器決議を下、96年に日本の堂之脇元国連軍縮大使が議長を務める国連小型武器政府専門家パネルが発足した。

そして小型武器に関する国連決議開催を求める決議案は2000年の国連総会で採択され、会議自体は2001年7月に開催され、行動計画を採択した。

行動計画では、小型武器非合法取引に対するトレーシングのための措置、実効的な輸出入承認制度の確率・維持、小型武器問題の全ての面における透明性の向上を図ることなどが盛り込まれた。行動計画は2002年1月の国連総会で承認されている。

行動計画採択には、これまで国連や地域機構が実施してきた小型武器問題への取組みを総括したものであり、これらの取組みが国連会議における行動計画の作成に貢献した。

また対人地雷禁止条約で勢いを得た各国のNGOは規範構築、開発・復興問題などそれぞれの分野で小型武器問題にも取り組んでいる。

特に1998年に設立された小型武器ネットワークIANSAは、世界のNGOのまとめ役として、国連小型武器会議の開催に尽力したことで知られる。

2001年の小型武器決議後、国連は各地域で啓蒙活動と計画のないよう時限のための行動を実施している。

今日小型武器問題で大きく取り上げられる課題にトレーシングがある。この問題に取り組むため国連は、政府専門家会議と国連小型武器トレーシングOEWG(作業部会)の編成を命じている。

課題。小型武器問題の最大の課題は、この問題に関する国際社会のモメンタムの維持である。紛争が終結し、一応の安定が訪れると、国家が小型武器問題に取り組む動機は弱くなる。こうした取組みが成功すればするほど、国家のインセンティブは弱くなる。この分野の軍縮問題ではNGOは常に新たな争点を提起し続けなければならない。近年一部のNGOの新たな活動として子供兵士、武器貿易条約、小型武器と女性の問題、弾薬等規制の問題を争点として取り上げている。

このように、小型武器問題は2006年の再検討会議にむけて、行動計画の進展を図る動きと新たな問題うぃ提起する動きが存在している。これまでのところ小型武器問題では特別な条約や枠組みは設けられていないが、だからこそ今後の動きに注目しなければならない。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

第七章 大量破壊兵器の不拡散 [軍縮・不拡散問題入門]

軍縮問題入門
• 作者: 黒沢 満
• 出版社/メーカー: 東信堂
• 発売日: 2005/10
• メディア: 単行本

第七章 大量破壊兵器の不拡散

第一節 大量破壊兵器不拡散の意義

大量破壊兵器WMD:weapons of mass destructive とは、「原始爆発兵器、放射性物質兵器、致死的化学・生物兵器、および破壊効果において原子爆弾や上述その他の兵器に匹敵する性質を持つ将来開発される兵器を含む」と定義される(1947年の通常軍備委員会)。

国際社会がWMDの取組みに着手したのは、WWII後であり、その動きが加速するのは冷戦中盤である。まず核兵器について核不拡散条約NPT(1968)、が成立し、その後生物兵器禁止条約(1972年)化学兵器禁止条約(1993年)が成立した。

こうして法的枠組みが整備されて後、冷戦後、特に第三世代諸国への拡散問題が、国際社会の最優先課題の一つに位置づけられるようになった。しかし、拡散懸念国はこうした条約の枠組みに加入せず、拡散懸念国には規制のための法的枠組みは機能しない。

特に北朝鮮は弾道ミサイルの開発を進め、中東に輸出するなど、拡散源となっている。グローバル化の中WMDの拡散阻止が困難になりつつある。また、テロへの拡散もまた主要な問題となっている。

既存の法的枠組みだけではWMD拡散の問題を対処できない。これを補完するものとして、様々な枠組みが発展しつつある。
 
第二節 大量破壊兵器の輸出管理
WMD拡散を阻止するには
①経済制裁のような負のインセンティブや制裁を与えて拡散を防止する、
②経済援助を引き換えに兵器の取得を留まらせる、
③軍備管理体制構築により、兵器に対する需要を減らす、
④兵器を取得する際の障害を設ける、
等があるが、輸出管理は④のカテゴリーに入る。
 
輸出管理が効果を挙げているかどうかは、①兵器開発などに関する技術の難易度、②国家の技術力、工業力、③汎用技術の管理可能性、④輸出国間の協力の度合い、⑤管理体制参加国における監視、行使体制、などの要因に左右される。しかし、これを完全コントロールするのは難しい。

そこで輸出管理においては、

①輸出管理によ技術移転の速度を落として開発を遅らせ、この間に外交交渉その他手段との組み合わせることにより兵器拡散を遅らせる、
②輸出管理を特定の国、特定の計画にターゲットを絞り、その効果を高める、
③輸出管理についての対話や国際会議を通じて拡散防止に関する規範意識の醸成を図る
が望まれることと成ろう。
 
輸出管理体制。冷戦期には対共産圏輸出管理委員会(ココム)が設立され、西側から東側への技術流出を管理し、東側の兵器開発を抑制する役割を果たした。ココムは冷戦終了とともに1994年に解散した。

冷戦後の中心は不拡散型の輸出管理である。現在の輸出管理は、
核兵器関連の原子力供給国グループNSG、
生物・化学兵器関連のオーストラリア・グループAG、
ミサイル関連のミサイル技術管理レジームMTCR、
ココムの後継として設立されたワッセナー・アレンジメント(協約)
の四つのレジームから構成されている。

これらのレジームは参加国の意見調整や意見交換のための役割を果たしている。レジーム内で合意形成を経た後の輸出管理は各国の国内法に基づいて行われる。

各レジームはWMDに直接利用されるものだけではなく、WMDに転用可能性のある汎用品も管理対象とする。汎用品の管理は困難であり、リストの拡充に加え、対象品目を特定しないで、WMDの開発に使用される可能性を輸出者が知っている場合にはそれら全てを規制対象とするキャッチ・オール規制と呼ばれる管理方式の重要性が増している。

現状と課題。輸出管理体制の重要性が増したのは湾岸戦争で一般民生品がWMD開発に用いられていたことが明らかにされたことがきっかけである。その後9.11テロはWMDとテロの結びつきの恐怖を想起させた。
2004年にはパキスタンの科学者、カーン博士が中心となった核の闇市場の存在が発覚して、核拡散の懸念が高まった。

こうしたWMD拡散懸念から、2004年には安保理決議1540が採択され、テロ集団にWMDが渡ることへの厳しい対応が求められた。
 
第三節 ミサイル不拡散とミサイル防衛
 
 ミサイル、特に弾道ミサイルの拡散は冷戦後急速に進んでいる。ミサイルそのものは兵器の運搬手段であるが、第三世界にとっては自己所有のWMDの最大効果を狙うために貴重な存在である。

ミサイルは自国の安全保障のみならず、大国の政治干渉を排除するための政治的自立性確保ために魅力的であり、このことが拡散の助長につながっている。

イラン・イラク戦争でミサイルが用いられたことを契機として、ミサイル不拡散の動きは本格化し、1987年、米国主導でミサイル技術管理レジームMTCRが作られた。このレジームは湾岸戦争を契機にミサイルのみならず、WMD全般を運搬可能なミサイルおよび関連汎用品・技術までその対象としている。

MTCRは法的枠組みではないが、レジームの枠内において一定の役割を果たしてきた。しかし、その枠外でミサイルの拡散が発生する。

90s広範に印パ、北朝鮮がミサイル実験を続けたことを受け、2002年弾道ミサイルの拡散に立ち向かうためのハーグ行動規範HCOCが93国の署名を経て採択された。徐々にであるが法的な規範意識が形成されつつある。

2003年、米国は拡散、特に各種レジームの非加盟国における拡散を懸念し、拡散防止構想PSIを打ち出した。PSIは一定の成果を挙げるが、拡散阻止には本来的限界があり、ミサイルの増加・拡散を阻止できないと考えた米国はミサイル防衛を重視する傾向を強めた。

ミサイル防衛。湾岸戦争後、米国は戦略防衛構想を縮小し、より現実的脅威いである戦域ミサイルを対象にしミサイル防衛計画に着手するようになる。

クリントン政権ではロシアなどに配慮し、先送りにされたが、2001年ブッシュ大統領はこれを激しく批判、戦域と本土を区別しないミサイル防衛MDの積極的推進を打ち出した。9.11テロ事件はMD計画に拍車をかけ、2002年にはABM条約も脱退、計画の強化に勤めている。

日本は米国からの強い要請を受けて1993年の政府間協力開始以降、協力を進めてきており、2004年には米国とのミサイル防衛を武器輸出三軒原則の適用除外と決定した。2006年からは日米共同技術研究から共同開発段階に移行する予定である。

 

第四節 拡散防止構想PSI

過去にも大枠についての記事あり

WMDに拡散阻止のためには既存国際法が変革される必要を感じた米国はPSIを打ち出した。

PSIの参加国はコア・グループ(15カ国、日本含む)による総会を開き、PSIの目的および原則を明らかにした、原則阻止宣言を発表している

PSIはテロリスト、拡散懸念国に対してWMDが拡散することを防止することを目的とする。

①拡散懸念国などとWMD関連貨物の輸送や輸送協力を行わない

②WMDを輸送している疑いのある自国船籍の船舶を臨検し、関連貨物を押収する。

③自国領域を通過する船舶がWMD関連物質を輸送していると疑いのある場合は、臨検および関連物質の押収を行う

④航空機についても、自国領域を通行している場合、着陸を求め、関連物質を押収する

⑤港湾・空港がWMD関連貨物の運搬の中継点として使用される場合、その船舶や航空を検査し、当該貨物を押収する。

 

 PSI参加国は合同海上訓練を行うなど阻止能力の向上をはかり、参加国拡大などのためのアウトリーチ活動も精力的に行っている。

PSIの成果としては2003年11月にリビア船籍の船から遠心分離機部品などを押収し、リビアのWMD計画放棄を後押しし、核の闇市場を明らかにしたことがある。

ただ、現行国際法の枠内での行動であるPSIには臨検などにおいて現実上の困難が生じている。米国はパナマ・リベリアなどの便宜置籍国を乗船協定を結びPSI実施の可能性を拡大することを試みている。また、シージャック防止条約の改正を行い違法なWMD輸送を可能にする国際法枠組みの変換を行おうとしている

 

第五節 大領破壊兵器とテロリズム

テロリズムとWMDの結びつきの懸念は70sから存在していたが、その重要性が認知されるようになったのは90s後半になってからである。背景にはテロの目的が政治目的から無差別攻撃に変わったことなどが挙げられる。そして9.11テロ以降はこの脅威が明確に共有されるようになった。

また90sにはWMDが入手しやすい状況が生まれた。ロシアにおける核物質などWMDのずさんな管理(ルース・ニュークス)がその背景である。安全保障に対する意識の希薄、旧ソ連が生物兵器禁止条約に違反して大量のバイオ兵器を有していたのも問題であった。また医療・研究用実験ならば細菌バンクから、危険な菌類を入手することができるようになった。

可能性。WMD使用の可能性は平気ごとによって異なる。

核兵器の場合、資金・技術・施設および実験の必要性からして、その製造は不可能に近いが、ダーティボムと言われるような即席の核爆発装置を組み立てることならばあり得る。また原子力発電所を攻撃することも想定できる。

生物・化学兵器テロは核テロと比べて、その入手のハードルが低い。特にバイオテロの場合特殊な機材と能力があればマンションの一室で製造することが可能である。

核・生物・化学兵器の製造方法は秘密でもなんでもなくインターネットなどで精度の高いマニュアルが堂々と売られている状況である。

 

9.11テロ以降の対策は大きく三つに分かれる。

①未然防止措置

②被害管理…これは万一テロが発生した場合に迅速な対処をもって被害範囲を限定するものである。

③実行犯への法的対処・・・WMDテロを裁くための法律や文書の整備は重要である。またテロの場合国際司法共助を重要である

 

第六節 大量破壊兵器不拡散の展望 

WMDの拡散可能性は近い未来に解決されないだろう。WMDが実際に利用される危険は高まるのかもしれない。

国際社会は拡散のペースを遅らせ、その間に拡散懸念国にWMDの保有を放棄させ、あるいはWMD取得の意思を持つ非国家主体を摘発することが必要となるであろう。

またテロはWMDの緩い途上国で活動を行うことが予想される。WMDの問題は一部の国の問題ではなく、国際社会全体の問題である。

 


第六章 生物兵器の禁止 [軍縮・不拡散問題入門]

順調に第六章へ。今日もblogに繁栄されない閲覧数が…。so-net blogの故障かな?


軍縮問題入門

軍縮問題入門

  • 作者: 黒沢 満
  • 出版社/メーカー: 東信堂
  • 発売日: 2005/10
  • メディア: 単行本

 

第六章 生物兵器の禁止

第一節 生物兵器禁止の意義

生物兵器が国家レベルで開発製造されるようになるのは、1930-40くらいで特に米ソで開発されたのは人為的な感染症を意図して作られている。

兵器としての生物兵器の基本構成要素は、「撒布に適した」形状に加工された病原体、目標まで送り届ける「運搬手段」である。

その他、効果的な防護手段、目標地域の気象分析能力、専門家、研究施設も重要であり、こうしたシステムの中で生物兵器が生み出されることに留意し、軍縮を行わなければならない。

WWII後、生物兵器開発を推進した主要国は米ソであるが、米国についてはニクソン大統領が攻撃用生物兵器の廃棄、防御目的に限定を決定した。ソ連は国家解体に至るまで大規模な生物兵器の開発を行っていたとされる。

1992年にエリツィン・ロシア大統領は国内においてBWCに違反するような活動を全て停止させた。英国・仏国も冷戦中に生物兵器開発を放棄している。

このように主要国においては生物兵器問題の重要性は失われつつあるが、近年は途上国、テロなどに対する拡散問題、国際的に憂慮されている。

1990年代半ばに国連イラク特別委員会はイラクの生物兵器開発を認めているし、南アフリカの白人政権も開発を行っていた。その他、中国、北朝鮮、イラン、シリア、リビアも疑惑国とされてきている。わが国においてはオウム真理教が炭素菌などを用いたバイオテロを企てていた。9.11テロ後の米国でも炭素菌事件が発生しており、バイオテロの脅威が現実のもであることを印象付けた。

 

第二節 生物兵器禁止条約BWC

生物兵器に対して初めて明文で規制を行ったのは1925年のジュネーブ議定書である。しかしこの条約は生物兵器の保有そのものまで禁止していない。

WWII後、生物兵器は化学兵器の禁止とともに軍縮委員会で議論されたが、西側諸国が分離アプローチを提唱し、米ソが支持したことから生物兵器禁止条約への流れが出来上がった。

第26回国連総会決議を経て、1975年生物兵器禁止条約が発効、現在加盟国は150カ国以上にのぼる。

 

内容

BWCは1条(一)で「防疫の目的、身体保護の目的その他平和目的による正当化できない種類および量の微生物剤その他の生物剤またはこのような種類および量の毒素」を

「開発せず、生産せず、貯蔵せず若しくはその他の方法によって取得せずまたは保有しないこと」を締約国に義務付けている。

第二開催検討会議では、近年発達する遺伝子組換技術、バイオ技術の発展を鑑みながら、こうした分野にもBWCが適用されることを確認している。

また1条(二)では「敵対目的のために又は武力紛争において使用するために設計された兵器、装置または運搬手段」についても開発、製造、貯蔵などの禁止を締約国に義務付けた。ただし弾道ミサイルの推進装置はこの定義に含まれないと理解されている。

尚、本条から身体防護目的・防疫目的の研究・開発などが除外されているが、「擬剤」のように目的の判断が困難場合がある。

そこで再検討会議では透明性確保のために情報交換を行うことに合意した。

 

締約国が第1条に該当する生物兵器などを持っていた場合9ヶ月以内の廃棄もしくは平和目的利用が義務付けられる(2条)。

他者による移譲、そのた支援も禁止される(3条)。

締約国は自国の憲法の手続きに従った条約の国内的実施が義務付けられている(4条)。

 

但し、BWCはCWC化学兵器禁止条約を異なり、検証措置が存在しない。これは交渉時、当事国が生物兵器の軍事的価値を低く見ていたこと、ソ連などが検証に消極的態度を採っていたことになどによる。

せいぜい、締約国は後に生じた問題について相互に協議することを約束したに留まり(5条)、締約国が他国の義務違反を認めた場合、安保理に苦情を申し立てることができるが(6条)、こうした規定では締約国の義務違反を抑止できなかったことが後に明らかになる。

 

第三節 生物兵器禁止条約の実施

70s~80sにかけてBWC違反が疑われる事件が発生する。ソ連スベルドロフスクにおける炭素の流行、および東南アジアやアフガンにおける毒素兵器使用疑惑である(黄色い雨事件)。

スベルドロフスクについてはソ連は否定したが、後にエリツィンが事実を認めている。

黄色い雨事件では米国がソ連圏諸国は批判したが、ソ連などはこれを否定した。

こうした論争の中、米国はBWCが実効性のない条約ではないかとの疑問を呈した。米ソ両国がBWCに対して不信感を持つことは条約体制を弱体化させる事態である。

生物兵器の懸念が強くなった時代背景と相俟って、再検討会議などの場で条約の強化が取り組まれるようになった。

第二回再検討会議では信頼醸成のために情報交換が提案され、一定の評価が得られたが、提供される情報が不十分であることが問題点として批判された。

第三回再検討会議では検証制度の導入の動きも見られた。1994年条約の実効性確保と履行状況改善に向けて法的文書を協議するアドホックグループの設立に合意した。

ここで問題になったのは、生物兵器の特質を念頭に置いた履行確保措置の確立、バイオ業界などが懸念する企業秘密漏洩の防止、国家安全保障上の機密保護、制度運用に当たる国際機関の権限、非同盟諸国が平和協力を先進国から経済援助を求める手段として悪用しないか、、オーストラリアグループの定める輸出管理措置についての基準がなどが非同盟諸国にも適用されてしまうのではないかといった懸念、である。

アドホックグループの活動は中々進まず、第五回再検討会議(2001年)においても交渉の土台とされたローリングテキストには未だ未解決の部分が多く、交渉国の意見がまとまらなかった。

2003年から2006までの第六回再検討会議では条約強化に関連した事項を順次検討することとされているが、肝心の、条約強化を目的とした協力体制を同構築するか、という部分について合意が未成立である。

 

第四節 生物兵器の禁止の展望

エリツィン大統領がBWCに違反するような計画の停止を命じた後も、米国は懸念を捨てなかった。そこで米英露三国の政府高官は共同声明を発表、条約の完全遵守を確認した。

しかし、軍事施設の訪問に関してこう着状態に陥り、生物兵器施設への総合訪問なども行われていない。

生物兵器計画に利用されるおそれがある汎用装置、微生物・毒素などの国際移転については、オーストラリアグループが、共同管理リストの見直しを行ってきている。さらに大量破壊兵器、運搬手段、関連資材の移転、移送阻止を目的とした「拡散防止構想PSI」を提唱したことを契機に、PSIに基づく国際的協力の構築も開始された。

 

現在BWCの強化に向けた動きに展望が開けない。現状ではBWCの弱体化を防止するために締約国に実現可能な措置を組み合わせていくことが求められる。

また生物兵器に開発・製造を確認すること自体容易ではない。国連は10年以上わたりイラクの生物兵器計画を調査してきたが、秘匿されている生物剤、施設を発見できていない。

検証することが難しい場合、米国など強力な軍事力が強制的に武装解除を行うインセンティブを高めることになる。しかしこうした一方的行動が多国間交渉を通じて行われてきた軍縮・不拡散体制の強化に資するとはいえない。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

第五章 化学兵器の禁止 [軍縮・不拡散問題入門]

普段の閲覧数と異なり何故か昨日だけいつもの10倍以上の閲覧数が・・・何故だろう。しかも忍者カウンターには反映されていないし。ホントよく分からない。


軍縮問題入門

軍縮問題入門

  • 作者: 黒沢 満
  • 出版社/メーカー: 東信堂
  • 発売日: 2005/10
  • メディア: 単行本

「第五章 化学兵器の禁止」は大学時代のゼミの先生だった浅田先生ご執筆。だからなんだってわけでもないですが、書いていきます。

第一節 化学兵器禁止の意義

化学兵器使用の最初の事例はWWIでドイツが塩素ガスを使用したことであるとされる(イープルの黄色い霧)。連合国側もこれに対抗して化学兵器を作成し応酬している。

連合国はガス・マスク装着によってドイツの化学兵器の効果を縮減しようとしたが、ドイツはマスクのみでは防護できない糜爛性剤のマスタードガス(致死性)を作成している。

WWIでは化学兵器の応酬で死傷者が120万人程度、死者が10万人以上出た。戦中、戦間期には強力な化学兵器である、ルイサイト・タブン・サリンの開発・生産もなされた。

 

化学兵器の種類

①窒素剤

②血液剤

③糜爛剤

④神経剤

⑤無能力化剤

 

第二節 化学兵器禁止条約CWC

戦後のジュネーブ軍縮会議では核兵器軍縮が優先されて、1968年にNPT成立の後生物・化学兵器の軍縮交渉が開始されることになる。1969年には「化学・細菌(生物)兵器のその使用の影響」(BC兵器白書)が刊行している。

その後英国の提案により、生物兵器と化学兵器を分けてそれぞれ交渉することとなり、生物兵器禁止条約が先に交渉され、条約が1972年に成立する。しかし、CWCの交渉は遅々として進まず、1992年軍縮委員会の後進、軍縮会議において完成を見た。この背景には米ソの対立がある。

その後、イラン・イラク戦争における化学兵器使用、それを契機としたオーストラリア・グループの結成に象徴される化学兵器拡散の危機を背景に、交渉が本格化する。湾岸戦争に前後して、ソ連と米国も義務的現地査察を原則的に受け入れ、化学兵器の全面的禁止、全面廃棄が可能になる。

CWCは1997年に発効、締約国会議、執行理事会、技術事務局からなる化学兵器禁止機関OPCWが同時に発足している。

定義。2条①毒性化学物質及びその前駆物質、②毒性化学物質の放出のために特別に設計された弾薬類・装置、③右の弾薬類、装置の使用のために特別に設計された装置を合わせてまたは個別にいうものとされる。

また、条約目的に反しない活動を保護するべく、条約によって禁止されていない目的のためのものであって、その種類と量が当該目的に適合する場合には、毒性化学物質やその前駆物質であっても化学兵器とはみなさない旨の除外規定が置かれた。

規制

・化学兵器の使用禁止…化学兵器の使用については暴徒鎮圧剤や除草剤について一定の規制を及ぼすとの解決が図りながら、「いかなる」場合にも化学兵器のしようを禁止する。条約締約国だけでなく非締約国にたいする使用も禁止される。

・化学兵器の廃棄…締約国は「所有」「占有」する化学兵器について自国の「管轄」「管理」の下にある化学兵器を廃棄することを定める。

化学兵器の廃棄は条約が発効してから2年以内開始し、条約自体発効から10年以内完了することが義務付けられている。

CWCは通常のものとは別に老朽化化学兵器と遺棄化学兵器には別の規定を定めている。遺棄化学兵器(1925年以降にその同意を得ることなく他国に遺棄されたもの)については遺棄締約国と領域締約国の双方に廃棄義務を課している。しかし、検証付属書では廃棄のための全ての資源は遺棄締約国がが提供するものとされる。

日本が中国に遺棄された70万本以上の化学兵器について除去することはこの検証付属書の義務に基づくものである。

また、CWCは化学兵器生産施設の廃棄まで義務付け。この種の条約では前例のないほど義務が徹底されている。

 

産業活動の規制

・化学兵器の生産禁止…化学兵器は民間企業にも製造可能なため、その拡散阻止は化学産業による申告に基づいた査察によって確保する(産業検証)。

民生用の化学物質の使用については、申告と査察受け入れ義務があるだけで、生産量の制限といった活動そのものに対する規制は原則として存在しない。ただ、化学兵器以外の使用が想定できないサリンなどについては、研究などの目的の場合であってもその保有量を制限し、生産施設は国の承認を得ること、検証類似の制度を定めることなどの義務がある。

・化学兵器の拡散防止-貿易規制…拡散の問題はCWC成立の大きな動因となっているものなので、CWCでは「化学物質に関する付属書」に掲げられた表在に関して貿易規制を行うことで対処を図っている。

付属書の中、表1剤については非締約国への移譲・輸出は禁止され、締約国には許容された目的のためである場合に限って移譲が認められる。表2剤、表3剤も、非締約国と締約国に区別をつけて、非締約国が条約に加盟する誘引を高めている。

 

申立て査察。検証措置は条約が守られているかを確認するために重要である。産業検証、廃棄検証は申告に基づくものであったが、申告が行われなかったものには無力である。この意味で各締約国には拒否権がある。

CWCでは拒否権のない「申立てによる査察」の制度が作られた。これは軍縮関連条約としてはじめて設けられることになった。

「申立て」は条約違反の懸念を持った各締約国の要請によって開始され、執行理事会が4分の3で中止を決定しない限り、査察は実施される。

被査察国に対しては、査察団に入国12時間前に査察の通告が行われている。ここで被査察国は査察対象区域を決定するべく交渉を行う(外縁交渉)。被査察国は108時間以内に査察要請国が要請した外縁内でアクセスを提供する義務付けられている。

アクセスは完全無制限ではなく管理されたアクセスの手法が適用される。自国の情報保護のために被査察国は査察の交渉により、設備への覆い、サンプル分析の制限などの措置が取れる。(ただしそうした物件など懸念と無関係であることを証明するために「あらゆる合理的な措置」をとる必要がある)

 

第三節 化学兵器禁止条約の実施

現在CWCの締約国は160以上にのぼる。その理由としてはNPTと異なり、被差別的性格、違反を許さない徹底した検証制度、加盟の誘引となる貿易制限措置などによるものと思われる。

締約国も単に多いだけではなく、米露等全ての安保理国、日本・ドイツなど主要先進国や、インド・パキスタン・ブラジルなど地域大国が含まれている。化学兵器保有国と疑われてきた多数の国も含まれており、近年ではリビアの加盟が注目される。

他方、イラク・シリアや北朝鮮など一部の国が非締約国として残っている。

CWC発効と同時に各種申告が行われ、化学兵器保有国は冒頭申告でその事実を公表することになる。

申告された化学兵器・化学兵器生産施設は条約規定に従って廃棄されることになるが、義務の履行状況が芳しくない。特にロシアは財政・環境問題のために2002年にようやく廃棄作業を開始するようになる。

 

第四節 化学禁止条約の展望

化学兵器規制の必要性は、大量破壊兵器の中でも化学兵器が最も使用可能性が高く、最も製造が安価かつ容易であることから、禁止への合意に抵抗があったこと、広範に存在する民生用途との関係から、検証措置への合意にも困難を伴ったことなどによる。

CWCは先に成立したNPTや生物兵器禁止条約に比べてすぐれた点が多い。NPTは核兵器国と非核兵器国とに分けている点で差別的であるが、CWCは全ての国が平等に扱われている。

また画期的な検証措置がとられていることも注目される。

しかしこの画期的なはずの「申立て査察」がこれまで一度も実施されていない。2003年の第一回CWC再検討会議でもこの点が問題にされている。これは条約の信頼性をも失わせかない。

「申立て査察」が行われない理由は、

「申立て査察」を行っても発見できないことがあり、疑惑国の「無実」を証明するということにもなりかねず、疑惑国への制裁正当化が困難に成ること、

報復的申立て査察の可能性、

申立て査察を行う際には、違反の疑惑に関連する情報を提供する必要があるが、これは情報源の秘匿保護の観点から問題がある、

CWCを超えた広い意味での二国間関係の考慮、

ということが挙げられる。

先進国は違反抑止の観点から申立て査察のルーティン化を主張し、途上国は申立て査察のルーティン化を主張する。この対立は申立て査察に関する対立はかなり根本的なものであって容易には解決しそうにはないが、この問題はCWCの将来に関わる重要な課題である。

 


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

第四章 非核兵器地帯の設置 [軍縮・不拡散問題入門]

軍縮問題入門

軍縮問題入門

  • 作者: 黒沢 満
  • 出版社/メーカー: 東信堂
  • 発売日: 2005/10
  • メディア: 単行本

核兵器については今日で一応終了。つぎからは別のテーマに。

 

第一節 非核兵器地帯の意義

非核兵器地帯とは、一般的には、ある地域の複数の国家が条約を締結し、そこにおいて核兵器の生産や取得のみならず、他国による核兵器の配備をも禁止することを約束するものである。これには消極的安全保障の約束も含まれる。

非核兵器地帯は軍縮を補完するものであるが、これまでの軍縮措置(NPT等)と異なり、非核兵器国のイニチアチブによって提唱されたものである、ということに大きな特徴の一つがある。

 

第二節 非核兵器地帯構想の歴史的展開

非核兵器地帯の構想は1957年のポーランドが欧州で提唱したことが初期の段階である。中央で提唱されたラバツキー案は通常戦力で優位になるとの理由で西側に拒否される。

冷戦期においてはキューバ危機を契機として、南米が、その後中東、南ア、南太平洋で非核兵器地帯構想が検討された。

冷戦終了後に非核兵器地帯構想設置の動きが強まる。米国が韓国に配備していた核兵器が撤去されるようになり、朝鮮半島の非核化に期待が持たれた。91年に北と南は朝鮮半島非核化共同宣言に署名。94年には米朝枠組み合意が成立する。

しかし、2005年には北朝鮮が核兵器保有を宣言している。また冷戦終了後に東南アジアでの非核地帯構想が、また別に、アフリカ・モンゴル・中央アジアなどでも進展が見られた。

 

第三節 非核兵器地帯条約

 

ラテンアメリカ核兵器禁止条約(トラテロルコ条約)

南太平洋非核地帯条約(ラトロンガ条約)

東南アジア非核兵器地帯条約(バンコク条約)

アフリカ非核兵器地帯禁止条約(ペリンダバ条約)

中央アジア非核兵器禁止条約

 

第四節 非核兵器地帯条約の展望

様々な地域に非核兵器禁止条約が成立していた。よって加盟国を増加させることによって地球上の国全てが署名されるようになることが望まれる。

北半球における非核兵器地帯の創設が望まれる。

非核兵器地帯の国家には多くの場合米国の核兵器が配備されたままになっているらしい。冷戦後の情勢の変化に対応する必要があるであろう。


第三章 核実験の禁止 [軍縮・不拡散問題入門]

20000HIT超えた。その瞬間に立ち会えなかったけど嬉しい。これからも頑張ります。


軍縮問題入門

軍縮問題入門

  • 作者: 黒沢 満
  • 出版社/メーカー: 東信堂
  • 発売日: 2005/10
  • メディア: 単行本

第三章 核実験の禁止

第一節 核実験禁止の意義

核実験という場合、通常核爆発実験を意味するが、爆発も伴わない核実験も存在しており、各種部品の耐久性のテスト、強い襲撃を加える安全性テスト、コンピュータシュミレーション、未臨界実験などがそれに当たる。本章では条約交渉が実際に進められている、核爆発実験を対象とする。

核実験の目的は核兵器開発のために必要な技術的問題を検討することだけではない。自ら核攻撃能力の誇示や、反撃能力があることも示す核抑止戦略としてのデモンストレーション、また実際の兵器としての実用性確認のためではなく、自国の国威を発揚するためということも重要な目的となる。

 

一方核実験禁止の目的は、第一に国家の核開発能力を制限することによる核兵器拡散防止、

第二に、核兵器国による核兵器の改良を抑えることによる質の面での核軍縮、

第三に、核実験の禁止に合意することにより、緊張緩和を促進することによる、信頼醸成措置CBM、

第四に、放射性物質による環境汚染、

が存在している。

 

核実験は現在まで専ら軍事目的で実施されてきたが、核爆弾の開発初期では、大規模土木工事や地下資源開発など、平和利用目的核爆発が真剣に研究されてきた。NPT5条はその反映であるが、大量の放射性汚染等に鑑み現在では非現実的なものとされている。

 

第二節 部分的核実験禁止条約PTBT

1963年米英ソはPTBTに合意、地下以外での核実験を停止した。

PTBTは地下核実験、検証を棚上げして短期間に作成されたが、その背景としては、1)核爆発実験への国際的批判、2)地下核実験のための技術的な進歩があり、核開発に大きな障害がなくなったこと、がある。

しかし地下核実験技術が確立していなかったフランス・中国はPTBTに参加せずに大気圏内での核実験を続けた。

PTBTは地下核実験を禁止しないことから核軍縮には役立たなかったが、核軍縮、核不拡散のための現実的な第一歩を踏み出したものであり、将来の全面核軍縮を最終的な目的として定めた点、評価できる。

 

第三節 包括的核実験禁止条約CTBT

CTBTのための実質的交渉は1993年のジュネーブ軍縮会議CDで合意された。

その背景には、1)冷戦の終結、特に米露間の核開発競争の解消、

2)技術の進展により既存兵器の維持、小型核の開発であれば、未臨界実験、コンピューターシュミレーションにより行うことが可能になったため、

3)核兵器国にとって、核兵器国間の軍備競争によりも核不拡散がより重大な問題として浮上したこと、

が挙げられる。

しかし実際の交渉になると、いくつかの問題、特に、具体的な期限を設けての核兵器廃絶へ言及するかどうか、という問題と発効要件を巡る問題で最終合意が成立しないままに交渉が事実上打ち切られた。

CDではCTBTに向けての合意は成立しなかったが、CTBT早期成立に熱心であったオーストラリアを中心とする国々は、この状況に不満を持ち、特に最後の段階まで反対していたのはインド一国だけであることか勘案し、CTBTの条約交渉は実質的に合意が達成されているとして、CTBT草案を自国提案として国連に提出した。

そして結果的に総会では圧倒的多数の支持を受け採択、通常の条約同様、署名、批准の手続きが始まった。

 

CTBTは軍事目的か平和目的かを問わず、規模の大小を問わず核爆発を伴うあらゆる実験を禁止すると同時に、他国の核実験のために自国管轄の場所を使用させるなどの支援を禁止している。

またPTBTと異なり、義務内容の実効性を確保するために、独自の国際機構と検証制度を設けている。

また発効要件として原子力関連施設を保有する44カ国の批准を必要としている。これは当該44国(印、米等含む。日本も)に実質上の拒否権を与えるものであるが、一国でも参加しな国家いると条約の目的がそこなわれることから、敢えて厳しい要件を課している。

条約が3年たっても発効しないと加盟国間で締約国会議が開かれる。現在までに3回ほど開かれている。

さらに、条約の再検討については加盟国の中で一国でも反対する国がいると変更はできないことになっている。

 

CTBTは条約の信頼性確保のために、独自の国際組織をつくり、世界的な監視ネットワークを作ることが意図されている。CTBTは締約国会議、執行理事会、監視ネットワークを担当する国際データセンターを含む技術事務局の三つの内部機関からなるCTBT機関を設けている。

国際データセンターは地下核実験を探知する地震波探知ステーションをはじめ、放射性降下物探知ステーション及び微気圧変動探知ステーション、水中音探知ステーションからなる監視ネットワークを維持・管理し、必要なデータを収集するとともに、締約国が求めればそのための必要な支援を行うことになっている。

条約違反の疑いがある場合、締約国はその国に対して協議を申し込むことができ、それでも疑いが解消されない場合、現地査察を行うように執行理事会に要請できる。

 

第四節 核実験禁止の展望

CTBTは署名174国、批准は120国にのぼる。発効に必要な44国で言うと、印パは署名してすらいないし、米国中国も批准をしていない。また北朝鮮、イラン、イスラエルなど核兵器開発疑惑国も批准していない。

米国はクリントン政権時、批准に積極的であった。上院で多数を占める共和党は批准を拒否した。その背景には、国際的制度による抑止効果への不信、新たな核戦略のためには核実験が必要であることが挙げられており、自らの力により自国の安全保障を保とうという伝統的な安全保障観への回帰が伺われる。

現在、締約国会議のほかにCTBT発効に積極的な国家によるCTBTフレンズが作られており、批准のための働きかけ、核実験モラトリアムの継続を呼びかけている。

しかし、上記国家の批准の見込みは立っておらず、いつまでモラトリアムが続くのか不透明である。CTBTの将来には現在悲観的な見方が多い。


第二章 核兵器の不拡散 [軍縮・不拡散問題入門]

 
軍縮問題入門

作者: 黒沢 満
出版社/メーカー: 東信堂
発売日: 2005/10
メディア: 単行本

 

ということで第二章です。

第一節 核兵器不拡散の意義

国際的な核不拡散体制の中心はNPTである。さらに非核兵器地帯条約もNPTを補完するものとして重要である。

IAEAは原子力の平和利用が核兵器の製造に転用されないようにするため、IAEAの保障措置が適用される。そのためには国家はIAEAと保障措置協定を結ぶ必要がある。現在IAEAの保障措置は追加議定書などで強化される傾向にある。

核関連品目や技術移転が核兵器の拡散につながることを懸念して、その輸出管理レジームとして70sから原子力供給国グループNSGがガイドラインを作っている。

また旧ソ連圏における核の管理のために92年から協力的脅威削減CTRプログラムの実施がされている。

 

NPTは当初は日本・ドイツなどの先進国を核拡散の懸念国として考えていたが。冷戦後はフランスや中国などの核保有国の参加が確保できたものの、新たな懸念国としてインド・イスラエル・パキスタンが登場し、NPTへの重大な挑戦となっている。

 

湾岸戦争でIAEAはイラクに問題はないとしていたが、安保理決議のもと行われた査察はイラクの核開発疑惑を肯定した。イラク戦争後、米国による査察が行われたが、イラクの核開発は確認できなかった。

北朝鮮はNPTに加盟していたものの、92年に保障措置協定に加盟。1993年にIAEAは特別査察を要請すると北朝鮮はNPT脱退を通告。このときには米朝高官協議の進展により脱退の効果を停止している。94年には米朝枠組み合意が成立している。

2002年米国が北朝鮮への核開発疑惑を主張すると両国の関係は悪化、北朝鮮は再処理の開始、NPTを脱退した。その後は日韓中露米との間で六カ国協議を開催している。

リビアは英米との秘密交渉の末、核兵器開発の廃棄、IAEA追加議定書に署名することに合意した。

イランは2003年10月に英独仏による民生用核技術の提供の引き換えに、ウラン濃縮の停止と追加議定書への加盟を約束している。しかし、その後ウラン濃縮再開が明らかになるが、イランは平和利用の権利を主張している。

 

第二節 核不拡散条約NPT

NPTの基本的大前提は核兵器国(米露英仏中)と非核兵器国の区分である。

第一に、核兵器国は核兵器その他の核爆発装置をいかなる者にも委譲しないことが、非核兵器国はこれを受領しないことがそれぞれ義務として課される。

第二に、非核兵器国は核兵器その他の核爆発装置を製造しないことを約束している。非核兵器国は原子力平和利用を核兵器に転用しないように、IAEAの保障措置を受ける必要がある。

保障措置協定は湾岸戦争を契機に申告のない原子力活動も申告で器量に追加議定書が作成されている。

第三に、4条として原子力の平和利用およびそのための施設・技術などの提供などの促進が規定されているが、現在新たな不拡散政策の導入からこれを制限する方向で動いている。

第四に、核兵器国への要請として、核軍縮義務そのものではなく核軍縮のための誠実交渉義務を規定している。非核兵器国からは核兵器国に核開発の廃棄の見返りとして、核兵器国は非核兵器国に対して核兵器を使わないという消極的安全保障を求めているが、条約上の義務とはならなかった。

 

第三節 再検討会議における議論

95年核不拡散条約の再検討・延長会議が開催され条約の無期限延長が決定される。同会議では条約の再検討プロセスの強化と核不拡散と核軍縮の原則の目標も決定されている。

核軍縮については1)軍縮会議におけるCTBT交渉を96年内までに完成すること、2)兵器用核分裂性物質の生産禁止に関する条約(カットオフ条約)の交渉を開始し、早期に締結すること、3)核兵器の廃絶そのものを目標とすることを具体的な措置として追求している。

2000年の再検討会議では将来とるべき措置についての合意が形成され、コンセンサスで最終文書を採択するのに成功した。

 

第四節 国際原子力機関(IAEA)保障措置

IAEAはアイゼンハワー大統領の提案を受け57年に憲章が発効し、NPTとは本来別の組織である。

しかし、NPT3条はIAEAの保障措置を受ける義務を規定している。NPT3条1項はすべての核物質に適用される旨規定している。その本質は検証にある、検証は技術的に行われる。

この検証が正しく行われることを前提としてIAEA・NPT体制は信頼醸成措置として機能を果たすことになる。しかしIAEAの保障措置協定に基づく査察は締約国が申告した施設の働くのみである。イラクや北朝鮮のように協定違反の国が現れると、IAEAは新たな検証措置活動をとる必要が生まれた。

追加議定書はまさにその意味で作成されたものである。追加議定書は申告しなければならないものを拡大し、また査察員の接近箇所は補完的なアクセスとして拡大された。補完的なアクセスは短期の事前通告により無作為に実施される。

 

第五節 協力的脅威削減CTR

ソ連の崩壊により冷戦は終了したが、残された核戦力の存在が問題となった。核戦力の削減はさまざまな作業が必要である。しかし、崩壊した後のソ連の混乱はSTARTI条約などに基づく核軍縮を独力で進めるための基盤を喪失させ、また核戦力の軍備管理能力が損なわれたことによってその不拡散の懸念が強まった。

そこで米国は93年に協力的脅威削減CTR法を作成し旧ソ連諸国へ核戦力削減プロセスを誠実に実施するための支援を開始した。同時期欧州や日本も同じ行動をとっている。

CTRの目的は多様である。

当初米国が懸念したのはソ連の混乱に際して誤って核が爆発してしまうことであり、軍縮プロセスの危機管理と安定化が中心的な目標に添えられた。また米国にとっても拡散の脅威の削減は国益に資するのであり、米露間の信頼醸成にもつながる。

90年代後半からは核物質その他のWMDの拡散リスクへの認識も高まった。特に抑止が通じない非国家主体への核の拡散は重大な脅威として認識されるようになった。

2001年の9・11テロはCTRのグローバル化を促す契機となった。2002年のカナダのカナナスキスのG8サミットではテロとWMDの結びつきを懸念し、G8グローバル・パートナーシップが合意された。その後プログラムはG8以外にも拡大され参加国も増加した。同時にロシアに限定されていた支援もウクライナなどその他の国家にも支援対象国が増加している。

 

第六節 核不拡散体制の展望

第一に、印パ、イスラエルなどの加盟を促すなどNPTの普遍性を高める必要がある。これを長期的な展望としつつも、短期的な目標としてカットオフ条約の作成とそれへの加盟や、CTBTの批准を促すべきである。

第二に、履行確保ためにもIAEA保障措置の追加議定書の締結を推し進め原子力協力の条件とするべきであるし、違反した国家への積極的な対応および脱退問題に対する対応が必要である。

第三に、核物質がテロリストの手に渡るのを防止する措置が必要であり、核兵器などの物理的防護を強化するとともに、輸出管理を整備し、核の闇市場の撲滅などの措置を緊急にとるべきである。

 

2005年のNPT再検討会議ではこうしたさまざまな議論が行われ、部分的な合意が見られたものの、全体としては最終的な合意を文書を作成することができなかった。

その最大の原因は米国が国際社会の変化、、また軍縮については問題がないことから不拡散のみを議論すべきであると主張したのに対し、中東の非同盟諸国などがイスラエルなどの核軍縮を問題にしてお互いが歩み寄る姿勢を見せなかったことによる。これは核不拡散体制構築のための絶好の機会を失ったことを意味し、今後とも不拡散・軍縮・原子力平和利用の三本柱がバランスよく議論される必要がある。


nice!(0)  コメント(5)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

第一章 核兵器の削減 [軍縮・不拡散問題入門]

軍縮問題入門

軍縮問題入門

  • 作者: 黒沢 満
  • 出版社/メーカー: 東信堂
  • 発売日: 2005/10
  • メディア: 単行本

 

第一章 核兵器の削減

第一節 核兵器削減の意義。

核兵器は冷戦中の開発競争が激化し、今日では全人類を何度も殺戮できるオーバーキルの状況が継続している。現在米ソ交渉等の進展が進み、核兵器は減少しているけれども、未だ核兵器は多い。

 

第二節 戦略兵器制限(SALT)条約。

対弾道ミサイル(ABM)条約。戦略兵器のうち最初に問題となったのは防御のための兵器である。第二撃にたいしての防御を脆弱にすることで第一撃の動機を減少させるという相互確証破壊MADが採用された。

1972年対弾道ミサイル条約ABM条約は対弾道ミサイルシステムの展開を一般的に禁止している。74年にABM条約議定書が締結されている。尚、条約の検証については偵察衛星など自国の検証技術手段を自由に使用することが規定されている。

しかし、21世紀に入って成立したブッシュ政権はミサイル防衛の必要性を強調し、2001年にABM条約から脱退声明を発表している。

SALTI暫定協定。ABM条約と同時に締結され、ICBMと潜水艦発射弾道ミサイルSLBMの現状を凍結するもの。制限数は米国のが少ないが米国に有利な戦略爆撃機が含まれていない、ミサイルに搭載される核弾頭は制限されていないので米国に有利である。

SALTII条約。1979年に署名されたSALTII条約の基本構造は米ソに同数の制限を課している。ICBM基地、SLBM発射基などを数を制限すると同時に、個別誘導複数目標弾頭MIRV化ICBM、MIRV化SLBM等の制限を課している。

しかし上限が高すぎること、質的な規制が含まれていないこと等不十分な内容であった。またソ連のアフガン進行、米国内でも批判が起こり、結局批准されなかった。

 

第三節 中距離核戦力INF条約

INFとは米ソ間で直接攻撃しうる戦略兵器でなく、ソ連と西欧の間の戦域における核戦略である(射程1000から5500キロ)。交渉の初期は実質的な交渉は行われなかったが、1985年ゴルバチョフ以降交渉が進展するようになる。1986年には一旦交渉は進んだが、米国のSDIを巡る対立のために実現しなかった。1987年の交渉はINFの問題を他の問題と切り離して進めていくことになり、レーガンとゴルバチョフで合意が成立した。

ただし、核弾頭は条約の対象となっておらずミサイル廃棄の前に取り外され保持された。この条約で制限されたことは限られたものであったが、米ソ間でこうした交渉が成立したことは大きな成果であり、その後のSTARTにつながる。

この条約では自国の検証技術手段以外に、現地査察を導入されている。

 

第四節 戦略兵器削減START条約

米国はSALTII条約は致命的な欠陥を持つと批判し、ソ連に対してSTARTとすべきであると主張した。

内容は戦略運搬手段、核弾頭も削減することになっている。条約の検証については基本的にINF条約を踏襲している

ソ連崩壊後、12の共和国に分かれた。そのためにロシア以外の国にも核が拡散することになるが、STARTIの議定書リスボン議定書が成立し、ロシア以外の国では核兵器の撤去がされることになった。

そのごSTARTII条約が署名されたが、米国は条約と一体となる議定書に批准していない。現在のブッシュ政権はSTARTプロセスを放棄し、新たな枠組みとして戦略攻撃力削減SORT条約を作成し、STARTII条約は成立しなかった。

 

第五節 戦略攻撃力削減SORT条約

ブッシュ(Jr)大統領は冷戦時代のソ連との敵対関係を前提にしたSTARTではなく協調関係に相応しい新たなプロセスの必要性を提唱した。

SORT条約は全五条からなり、

1)実戦配備の戦略核弾頭を削減、

2)STARTIが効力を持ち続けることの確認、

3)履行確保のため二国間履行委員会の設置、

4、5)は条約の批准・発効・有効期限・脱退に関するものであるが、有効期限については2012年とすると同時に条約の義務を完了した翌日に終了することが規定されている。脱退は自国の志向の利益を危うくしているかどうかに関わらず、書面に通告の後3ヶ月で脱退できるとされている。

こうして成立したSORT条約には課題も多い。

第一に上限が高すぎる点がある。

第二にSTARTIII条約の枠組み合意で合意されたことより後退している点である。STARTでは軍備管理・軍縮条約として本格的な内容を持っていたのに対し、SORTは合意された内容よりも合意されたこと自体が重要視されている感がある。SORT条約が軍備管理・軍縮の目標である戦略的安定を作り出せるとは限らない。

 

第六節 核兵器削減の展望

第一に必要なことは、戦略攻撃力削減条約の確実な実施である。SORT条約は検証規定も含んでいないし、削減のスピードもSTARTより遅い。両国が友好関係に入っているならば、より実質的な交渉ができるはずである。

第二に緊急の交渉が必要とされるのは非戦略核兵器の規制および削減である。冷戦直後に米ソは海外に配備されたこの種の核兵器の多くを撤去したが、これは両国が自主的に行ったものに過ぎない。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

序 軍縮の現状と課題 [軍縮・不拡散問題入門]

軍縮問題入門

軍縮問題入門

  • 作者: 黒沢 満
  • 出版社/メーカー: 東信堂
  • 発売日: 2005/10
  • メディア: 単行本

ちょっと前に、某研究所で「軍縮・不拡散講座」の参加者を募集していたので、なんとなしに応募したらなんとなく入れてもらいました。

講座の講師は日本を代表する軍縮や不拡散の専門家の方々。大変楽しみです。ということで予備勉強かつ予習をかねて、送られてきた一冊の本、『軍縮問題入門』ですが、これをこれから何回かに分けて紹介したいと思います。

 

ということで早速序章から

 


序章「軍縮の現状と課題」黒澤満

第一節 現在の国際社会と軍縮の進展

21世紀に入り米国のブッシュ大統領は国際協調を無視した行動を繰り返している。

9.11テロは米国にテロリストに大量破壊兵器が用いられる危険性を指摘した。その後のイラク戦争では、イラクは大量破壊兵器も保有している、そしてアルカイダとつながりを有している、という理由の元、国連の決議を無視してイラクに対して戦争を仕掛けた。

冷戦以降、集団安全保障、紛争の平和的解決の方向に進んでいたが、21世紀には行って不安定になり、むしろ力による安全保障が求められる傾向は増えている。

 

テロと大量破壊兵器(WMD)の拡散が問題と感じる米国は軍縮よりも不拡散を重視する傾向を強めた。

NPT核不拡散条約は1995年に無期限延長がなされたが、1997年に「保障措置」のための追加議定書も作成され、秘密裏の核開発について査察が可能となった。現在多くの国が追加議定書に入るための努力がなされている。

旧ソ連圏ではかつて開発したWMDの「管理」が現在不十分である。管理のための援助が必要となる。

核の闇市場発覚以降、「輸出管理」も強化される傾向にある。特に非国家主体へのWMD移転については厳しい措置が採られるようになりつつある。

大量破壊兵器運搬手段である「ミサイル拡散」も重大な懸念の一つである。また、米国は迎撃のための「ミサイル防衛」の強化に乗り出している。

2003年5月には従来手薄であった、WMDを違法に輸送する船舶を海上で捕獲し拡散を防止する、「拡散防止構想PSI」が開始されている。

 

戦略核兵器の削減は米ソの二国間交渉が重要である。STARTI条約で半減したが、STARTII条約は発効しなかった。そして新たなプロセスとしてSORT条約が署名され発効している。

米国はミサイル防衛を優先課題として位置づけABM条約から脱退した。

NPT体制についてはイラク・リビア・北朝鮮による条約違反が指摘され問題となっている。近年原子力平和利用のもと多くの支援を受けた後に条約を脱退する国をどうするかが問題となっている。

 

冷戦後、地域紛争、国内紛争が多発し、小型武器・地雷などが大量に使用され戦闘員のみならず、女性や子とどの被害者が増大し、人間の安全保障が訴えられるようになった。

対人地雷についてはオタワ・プロセスという交渉が開始され対人地雷禁止条約が署名・発効した。小型武器については国連小型武器会議が開催され、小型武器の非合法取引の防止、根絶のための行動計画がコンセンサスで採択された。

 

 

第二節 軍縮交渉の概観

戦後初めて行われた軍縮会議は核問題で原子力委員会が設置されたが、米ソ対立で進展しなかった。

その後、1947年通常軍備委員会、1952年国連軍縮委員会(DC)、1978年以降の国連軍縮特別総会と国連は軍縮のための議論の場として一定の役割を果たしている。

1952年DCがソ連の不満により停止したことを受け、1960年に東西同数の原則を採用した10カ国軍縮委員会が、その後1962年に非同盟8国を入れた18カ国軍縮委員会が、その後日本などを入れ軍縮委員会会議となり、1978年には31カ国となり、会議が開かれた。この会議からはNPT、海底核兵器禁止条約、生物兵器禁止条約等が作られた。

この委員会は1978年の国連軍縮特別総会を契機として国連との関係が強化され、1984年に軍縮会議(CD)となり現在に至っている。1993年い化学兵器禁止条約が作成され、94年から96年には包括的核実験禁止条約の交渉が行われた。しかし、その後は交渉の議題が合意されず実質的に機能していない。

 

米ソ二国間交渉は1960年末からの戦略兵器削減交渉SALTが開始された。1980年代には戦略兵器削減交渉STARTと中距離核戦力INFに関する交渉が平行して行われる。この交渉はゴルバチョフ以降ソ連が真剣に交渉に参加するようになり、中距離核戦力条約、1991年にはSTARTI条約が署名された。STARTIIは発効しなかったが、2002年から戦略攻撃力削減条約SORTが締結された。

また地域的な非核地帯条約が設置されるようになった。

 

第三節 国際平和と軍縮の関連

軍縮は国際の平和と安全のための一つの手段ではあるが全てではない。伝統的な安全保障の観点からは、武力行使の禁止、紛争の平和的決、集団安全保障の3つの要素が軍縮と相互依存関係にある。

3つの要素を効果的に促進することが軍縮のためになるし、逆に3つの要素が強化されることで軍縮の素地ができる。

 

第四節 今後の軍縮の課題

核軍備競争の禁止。冷戦後、米ソ間の核開発競争は終わり、軍縮の方向で進んでいるが、競争が完全になくなったわけではない。質的観点から包括的核実験禁止条約(CTBT)の徹底、量的観点からは兵器用核分裂性物質生産禁止条約(カットオフ条約)の締結が望まれる。

CTBTについては、インド・パキスタンの核実験、イスラエルの非署名、また米国も批准を拒否している。カットオフ条約については中国以外の4核兵器国は条約が発効する前にその趣旨を守る旨表明している。しかし、各国の意見の相違が今だ多くあり今後の課題である。

戦略核兵器と非戦略核兵器の削減。米露でSORT条約が署名されたがそのプロセスは従来のものにくらべても遅いし、いまだ戦略核兵器の保有量が多すぎる、フランス・中国などの国家を交渉に参加させるためには更なる削減が必要である。非戦略核兵器についての国際法上の規制は無い。小型化可能なこれらの平気はテロリスト等の格好の標的に成りうる。早急な交渉が望まれる・

核兵器の役割の低下。核保有国における核兵器の安全保障における重要度を下げる必要がある。しかし米国は小型核兵器の開発を推進、先制攻撃のドクトリンを発表している。

非核兵器国に対しては核兵器を使わない、という消極的安全保障の法的保障が必要となる。現在核兵器国は消極的安全保障を与えているが政治的な約束であると解されている。

核兵器の先行不使用の原則も確立される必要があると思われる。ICJは核兵器の使用は人道法の一般原則に違反することを判断している。

非核地帯の設置も有益である。

大量破壊兵器と通常兵器。生物・化学兵器については画期的な条約が既に成立しているので今後更に加盟国数を増やすことが重要となる。同時に条約の義務の実施の確保、検証措置の強化も行われる必要がある。

対人地雷禁止条約は成立したが米露中印など地雷大国(?)が今だ署名していないという欠陥がある。

小型武器については今だ法的文書は存在せず、政治的な行動規範がるのみである、内容の強化とともに今後の課題である。


長くやりすぎた・・・次からはもっと簡単にまとめたい。


軍縮・不拡散問題入門 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

この広告は180日新規投稿のないブログに表示されます