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BSEとWTO協定 [国際法・国際関係]

かつてはあれだけ騒がれたBSE問題もはや昔という感じがします。

ジュリストNo.1321に「BSE問題とWTO」というタイトルの論文があったので読んで見ました。以下、そのまとめ。

事実を整理すると、日本政府はBSE発見を理由として、2003年5月にカナダ産牛肉、12月に米国産牛肉等の輸入禁止措置を取りました。そこでリスク管理などについての対日輸出プログラムを策定し、食品安全委員会でのリスク評価を経て、2005年12月に輸入が再開されます。

ところが直後2006年1月、米国から輸入された牛肉から脊柱含む子牛肉が発見され、再度輸入停止措置が行われます。その後、対日輸出プログラム遵守のため、マニュアル改定、査察強化、日本政府による現地査察を経て、8月に輸入再開となりました。

 

貿易に関してはWTOによって国際的な規律を受けます。WTOの原則は自由貿易なわけですが、正当な理由の下必要な範囲の貿易制限措置を取ることは可能です。今回の日本の措置が必要の範囲だったのか、ということを法的に診ていく必要があります。

WTOでは、衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)により検疫制度についての規律を定めています。SPS協定では各国が採用する措置の基準・規格を規律します。

その構成ですが、SPS協定2条1項は加盟国にSPS措置を取る権利があることを定め、2項において必要な限度で科学的な原則に基づいてとることを定めています。

さらに3条1項では、関連する国際的な基準がある場合には、原則としてその基準に基づいて措置を取ることとし、3項では科学的に正当な理由又は5条に規定された「危険性評価」に基づく場合は、国際基準よりも高い水準の保護基準をとることができます。

「危険性評価」は、科学的証拠のみならず、社会的な危険を考慮に入れることができ、加えて、適切な保護水準を決定にするに当たっては、経済的要因の考慮までが認められています。

また、科学的証拠不十分の場合は、入手可能な情報に基づいて暫定措置を採ることができるとされています。

WTOの上級委員会によれば、危険性評価が科学的に一致した結論ではなく、あるいは少数意見に基づくものであっても許容されると判断しています。

以上のように、生命のリスク・不確実性に鑑みて、かなり広い裁量を加盟国に認めているように思われます。

 

動物の伝染病に関する国際協力のための機関として、国際獣疫事務局OIEが存在します。OIEはSPS協定A3項(b)において動物の健康及び人畜共通の伝染病に関する基準、指針、勧告を作成する機関として規定されており、牛肉に関しては、「陸上動物衛生指針」を作成しています。

指針2.3.13.1.条1項は輸出国の危険性の分類に関わらず、BSE関連の条件を輸入に課してはならない産品を規定し、2項で危険性の分類に応じて措置を取るべき旨定めています。

そこで、指針2.3.13.1.条1項に定める産品が問題となりますが、月齢30ヶ月以下の骨を取り除いた牛肉を規程しています。

一方日本は、脳、脊椎などの特定危険部位の除去、月齢20ヶ月以下の牛に由来する牛肉であることを条件に2005年12月に輸入を再開しています。これは、OIEの定める国際基準よりも高い水準の措置です。

そこで次にSPS協定3条3項を考えるわけですが、政府は月齢21ヶ月、23ヶ月の発症例があることを主張しています。米国から疑問視されており、さらにそれ以上に科学的な検討をしている形跡が無いようです。また、OIE総会で日本は月齢30ヶ月以下の基準を支持しているのも、説得力を弱めています。

といっても、BSEには未だ不明な点も多く、OIEでも一般のものとは異なる扱いを受けています。BSE感染牛は助かる見込みはありませんし、人間に感染し、CJDを発症させる可能性もあります。故に畜産会全体への影響は大きく、消費者の関心も高い状況にあります。こうした社会的危険、経済的要因を考慮すれば、OIEの定める基準よりも厳しい措置を取ることが必ずしも不当であるとはいえないとも考えられます。

 

今回は日米でぎりぎりの交渉が行われ、最終的に同意による解決が行われました。とは言え、この問題がWTOで判断される可能性もあったわけであります。SPS協定は明確な科学的根拠を求めるものではありませんが、さりとて薄弱な論拠に基づく根拠を認めているわけではありません。

そのような場合、SPS協定の違反となる可能性があります。いずれにせよ、今回の日本の措置はSPS協定上のグレーゾーンにあった措置であるということが言えると思います。

 

感想:

日本のマスコミでは安全であることが完全に証明されてないものを食べるのは嫌だ、という趣旨の感情的な議論が多かったように思いますが、国際的なルールにはそんな理屈は通じないということでしょう。そんなことばかり言っていると保護主義の口実を多く与えることになり、現在の自由貿易体制が動揺してしまいます。自由貿易も人間の健康のどちらも捨てることのできない我々は、多かれ少なかれ、リスクと共に生きていかなくてはならないのでしょう。

いやはや制度を運用するということは難しいものです。


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